読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ワンテイク マイライフ

ダンスボーカルグループ「AI®PEN」が好きです。

ヒトリゴト

つぶやき

1月は現場がなかった。いや、現場はあったんだけど。干した。全部干した。仕事の都合がつかなかった、というのもある。だけど正直頑張れば1日くらいはどうにかなった。

 

故意的に現場を干したのは初めてだ。

 

オタクとして生きてきて何年たったかわからないけど、今までどこのオタクをやってても、行ける現場はほぼ全部行ってきた。現場が続きすぎて体がついてこなかったりして行かなかったことはあったけれど。なるべく行ける現場は全部行ってきた。

 

 

こんなことははじめてで自分でもよくわからない。

 

 

 

現推しを推しはじめて、先日で1年たった。

まだ1年なのか、という気持ちと、もう1年もたつのか、という気持ちと。

1年の割には、色々あったしすごく濃い日々だったから思い出が多すぎる。まだ1年なのにこんなにもたくさん思い出があっていいのだろうか。気持ち的には3年分くらいの思い出があるのだけれど。

ついこの前出会ったような気がする。ついこの前、渋谷駅で、はじめて彼らを見たんじゃないか。はじめてリプを貰った日も、はじめて名前を呼んで貰った日も、はじめて薔薇を貰った日も、全部ついこの前のように感じる。

 

 

最近自分の感情が良くわからない。

 

 

私は本人達にとって邪魔なら自分は現場に行く必要性はないと思っている。オタクとして、彼らから必要とされないのならば、それはイコール私の存在価値は無いに等しいと思うからだ。なるべく自分に出来る最大限の事はやって、自分なりに最前線で応援して、出来る限り貢献して、そうでないと自分は現場にいる必要は無いという考え方で生きている。

 

年末の一件があって、正直私はもうこの現場には要らないんだなあと思っていた。必要とされないならば、邪魔ならば、もう行かなくてもいいと思った。私はこの1年私に出来ることは全てしてきたつもりだったし、自分なりの最大限の応援していたつもりだったけど、それでも彼らにとってはそんなもんだったんだなあと思った。私の気持ちは伝わらないんだなあと思った。

 

だから、1月、現場に行かなかった。行く勇気もなかった。行ったところできっとまた視界から排除されるんだろうなあとか、いないことにされるんだろうなあとか。またぎこちない笑顔でぎこちない会話をして、チェキを撮って。自分が行くと彼は無理に笑顔を作って、他の人が行けば心からの笑顔になるのか、とか。そう考えると怖かった。行けなかった。行く意味ないじゃんって思った。本人を苦しめるオタクに存在意義は皆無だ。被害妄想って言われたらそれまでだけど、1度でもそういう体験をしてしまうと2度目が怖くなってしまう。

 

このままこの現場からは消えようかなあ、と思っていた。

 

でも気持ちというものは不思議で、自分ではコントロール出来ないもので。

それだけ、自分は必要ないとか、怖いとか思っていても、「好き」という気持ちはどうしようもなく自分を襲ってくる。

結局は好きで、大好きで、どうしようもなくてとりあえず好きで、推しが自撮りを上げる度に頭で考える前にまず指が勝手に画像を保存しているし、買い物をしていても推しに似合いそうなものを探しはじめているし。

 

そんな感じで、意思と行動が比例しないまま月日が過ぎていった。

 

1月末、東京でライブがあった。

結論から言うと私はライブ自体には行けなかったのだけど、色々あって、推しと少しの間2人になった時間があった。

推しはいつも通りだった。いつも通り名前を呼んでくれて、いつも通り話しかけてくれた。いつも通りハグしてくれて、いつも通り目を見てくれた。

 

私の悩んでいた時間は何だったんだろうと思った。

 

私も結局は好きだからチョロいもんで、いつも通りならこれからも現場行ってもいいかな、とか、私がいても迷惑じゃないなら行っちゃおうかな、とか思った。

 

また来てな?待ってんで?って言葉に、気づいたら「〇日と〇日は行きます」と答えていた。考えるより先に言葉が勝手に口から出てきてびっくりした。言ってから思った、〇日行くのか私。って。頭より身体が先に動くの典型例。

 

結局私は何があっても推しのことが好きなんだろうし、推しがいないと生きていけないんだろうし、こんな感じでずっと彼の背中を追いかけ続けるんだろうなあと思う。前も書いたと思うが私は彼の掌の上で転がされている沢山のものの1つに過ぎなくて、掌をかえされて落ちた時が終わりだと思っているのだけれど、いくら掌をかえされようとしがみついていて結局離れられないのだ。自ら掌に残っている。落ちるまい、振り落とされまいとしがみついている。きっと彼の掌の上は私にとって自分が思っている以上に居心地が良い。

 

 

正直、以前ほど必死になれていないのは事実だ。前ならバスが無理でも新幹線に飛び乗って行っていた大阪も、もう行かないと決めたし、東京の現場も仕事の都合がつかなかったら潔く諦めている。

 

 

以前が必死すぎただけだったのだ。

自分のことより彼らのこと。それがちょっと度を過ぎていた。

色々と見失っていた。

でも、それが当たり前だと思っていた。今もべつにその考えに変わりはない。

ただ、きっと今の彼らに、私のその必死さは必要ない。

 

 

だから、そろそろ、ちょっと休憩。

 

 

 

最前線で追いかけることはきっともうできないけれど、彼らの新たな1歩と共に私も少し進んでみようと思う。

 

最大限の応援をしたいという気持ちは変わっていない。

 

 

 

 

 

私の勝手な何個かの予想たちがもし当たっていたら、春頃からどうやって動こうかなあ……。